憲法改正論議に思う―復古主義の台頭を懸念

最近新聞報道でも憲法改正案の内容に関するものが多くなってきています。国民の間では全く関心のない憲法改正がなぜ今最大の政治課題のひとつになってきたのでしょうか?

 以前読売新聞は憲法改正試案を大きく発表しました。また小泉総理は国会で一院制について言及しました。ここにきて自由民主党立党50周年の事業として、今秋の自民党憲法改正試案発表を目指して議論が急ピッチで進められ、衆参両院の憲法調査会も5年間の調査結果を早急に取りまとめております。戦後60年が経過し、東西冷戦構造が崩壊した今、これからの日本がどういう国家として存立していくかについて憲法改正を通じて国民のコンセンサスを形成することは意義深いことと思います。しかし、現下の日本の社会の乱れや教育の荒廃を憂うあまり、戦後民主主義を自由や権利の乱用の元凶とする考え方が強まり、現代版教育勅語の策定や愛国心の押し付けが復活し、天皇の元首化、陸海空軍の明記等がなされれば、これはまさに戦前への復古であり、到底容認できるものではありません。憲法=「国のかたち」ということばを「国体」といいかえてはならないと思います。今国連の改革が進められています。日本は未だに敵国扱いになっています。日本の安保理事国入りも国連改革のメニューに入っており、この際国連改革と連動させて憲法改正をすべきではないでしょうか?敵国扱いの国際関係を清算し、経済支援の面ばかりでなく、安全保障の面でも名誉ある地位を占めることは21世紀の日本の「国のかたち」として国是足りうるものと確信しています。その際の危惧は集団的自衛権(日米同盟)の名のもとに地球の裏側まで米軍の支援を押し付けられることでしょう。どのような歯止めをするかが米国から強要されて9条改正するのではとの批判に答えることにもなり、歯止めをきちんとすることが肝要だと思います。

 また、憲法前文には世界に開かれた国際国家日本を謳うべきであり、古事記や日本書紀、聖徳太子の世界に舞い戻るのは少数民族国家の道であり、日本のとるべき道だとは思えません。自主憲法が偏狭なナショナリズムの復古を招くのなら、押し付け憲法のほうがよりましという立場が今の私の立場です。

参議院 自由民主党 副幹事長 参議院議員
  自由民主党 東京都参議院比例区十一支部